現在のグラスヒュッテ。100年間前の絵葉書に描かれた風景からほとんど変わっていません。 
人口はわずか4400人ですが 平日は時計技術者が周囲の地域から通ってくるため人口は倍近くになります。

ドイツ東部の都市ドレスデンから約20km。ザクセン州の山々に抱かれたふもとにグラスヒュッテはあります。グラスヒュッテは鉱山の町として栄え、工業技術にも長い歴史をもっています。グラスヒュッテは世界中に知られるドイツ時計の生誕の地でもあります。ドイツ時計の製造技術発展を振り返る時、グラスヒュッテは常に中心にありました。ドイツ製の時計はグラスヒュッテ製の時計と比較する事で価値・品質が評価されます。

グラスヒュッテにおける時計産業の歴史は、中世、この一帯を支配していたザクセン公国から始まります。鉱山資源が豊富なザクセン公国は早くから精密機械や時計技術の中心地として発展しました。16世紀には首都ドレスデンに機械と技術の博物館が世界で初めて創設され、18世紀中期にはこの博物館が世界初の工業大学となりました。一方で、ドレスデンには中世のギルド制度が色濃く残っていました。市内で認証を受けたマイスター以外は時計の製造を禁じる法律があり、それが時計産業拡大の妨げとなっていたのです。

1853年、ザクセン公国ではスイスやフランス、イギリスと競争しうる精密な時計産業の振興に乗り出します。ドレスデンの技術者の多くはスイスで教育を受けており、スイス式の製造制度の導入を強く望みました。その制度とは、パーツやムーブメントに互換性を持たせ、分業による流れ作業もありましたが、高度な技術が必要となる最終工程では技術師がひとつひとつ時計を完成させるという個人の技術を中心に据えたものでした。時計は一貫した流れ作業による工業製品でなはなく、技術師の手によって生まれる機械として考えられていたのです。

 

鉱山と時計産業のシンボルを
描いたグラスヒュッテのエンブレム

 

1853年、ドレスデンで、後にドイツ時計の父と言われる4人の時計技術師が集まり、ザクセン公から資金援助を受け、ドレスデン郊外の小さな村であるグラスヒュッテに時計産業を新興する団体を結成します。グラスヒュッテが選ばれたのは、ドレスデンのギルド制度の影響を受けない場所だったからです。それだけではなく、ザクセン公が特例の法律を制定したということが決定的なことでした。その法律とは、時計本体、ムーブメントなどの製造工程の55%がグラスヒュッテで行われること、定めた品質規定を満たすという規定です。そして、このような条件を満たした時計だけが、グラスヒュッテ製(GLASHUTTE/SA)の認定を受けることができます。

その頃から始まった産業革命の影響を受けて、時計産業はますます盛んになります。当時のヨーロッパでは、経済成と科学の進歩を牽引する製造物が時計でした。

 

1903年のドイツ時計業の父と呼ばれる4人を描いた絵葉書です。右にドイツ時計学校があります。

やがてグラスヒュッテ製の時計はスイス製の時計の品質を上回るようになります。厳しい品質管理、偽造品の徹底した防止など地道な努力を重ねる一方で、ドイツ時計技術学校の設立、若い技術工育の熱心に取り組んだことなどが品質に結実しました。また、ドイツ時計技術学校を卒業した技術者と長期契約を結び全製品の購入を確約するなど、現在のベンチャー産業と投資会社の事業活動に見られる仕組みを構築したこともグラスヒュッテの時計産業の発展に大いに貢献しました。


グラスヒュッテではその発展の黎明期に既にグラスヒュッテキャリバーという唯一無二の機械を開発していました。このグラスヒュッテキャリバーを登載した懐中時計は、精度が極めて高いことで広く知られていました。ブルーノ・ゾンレー社は今でもこのグラスヒュッテキャリバーを使用した懐中時計と腕時計をグラスヒュッテで製造しています。

1870年代、ドイツは統一国家となり、ザクセン公が制定した法律はドイツ全土に広がりました。時計の原産地と品質を制定する法律があるのは世界広しといえどドイツだけであり、現在もこの法律は守られています。この法律があるからこそグラスヒュッテの時計は精度を保つことができ、同時に世界に評価を受けているドイツ製時計であることの証明にもなるのです。

1900年のグラスヒュッテを描いた絵葉書。現在のグラスヒュッテと
ほとんど変わっていません。

原産地と品質が法律によって保証されている時計は、グラスヒュッテを除いて世界のどこにもありません。

懐中時計から腕時計へ、それと2度の世界大戦——そのような変化、状況下においてもグラスヒュッテの時計産業は規定された品質、伝統を守りぬきました。共産主義政権下でにザクセン州が東ドイツになった時もグラスヒュッテの高度な技術は落ちることはありませんでした。

そして1991年、ドイツは再び統一され、グラスヒュッテはドイツ時計産業を牽引する一大時計産業地になりました。ドイツ時計製造において高く評価されたメーカーはグラスヒュッテに集まるようになり、今でもそれらの会社は150年前の規定を守りながら、グラスヒュッテで高品質な時計を製造しています。ブルーノ・ゾンレー社もそんなメーカーの一社なのです。 

ブルーノ・ゾンレー ジャパン

販売業者:Bruno Söhnle Japan
屋号:ブルーノ・ゾンレー ジャパン
商号:石岡商会株式会社
所在地:〒171-0021東京都豊島区西池袋2-1-2-2A
ishioka-service[at]gol.com
TEL: 03-5396-4008
FAX: 03-5396-4009

代表者:ウイリアム・ストンヒル(代表取締役社長)
事業内容:ブルーノ・ゾンレー社製時計の販売 腕時計の修理 時計関連商品の販売
URL:http://www.brunosohnlejapan.com 

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